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| イタリアでの出産 - お産当日! - | ||
12月6日、出産予定日の前日の夕方、少量の出血がありました。
おぉ、これが「おしるし」か!と、ついにはじまろうとしているお産に向けてドキドキ。
そしてその日の夜中、陣痛らしき痛みがはじまりました。
アントはもう寝静まっていたので、こっそり小さな電気をつけて、痛みの間隔をノートに書き始めました。
痛みは15分ぐらいの間隔で波がある。 通っていた母親学級の教えでは「それらしい痛みがあったらまずバスタブにお湯をはって入り、リラックスしてみる。 それで痛みが遠のいていけば前駆陣痛、逆に痛みが定期的に続くようなら本物の陣痛」ということなので、 さっそくバスルームへ行ってお湯をためていると、アントも起きてきました。 お湯につかってしばらく様子を見てみると、痛みが徐々にひいてきて、おさまってしまいました。 あぁ、前駆陣痛だったか・・・と、ほっとしたような、がっかりしたような、とにかく夜中2時だったのでまたすぐベッドにもどりました。 予定日当日は、午前中に病院でmonitoraggio(ノンストレステスト)を受けて帰宅。午後は普段どおりに過ごしました。 そしてその夜、またもや前日と同じような痛みがはじまりました。 痛みの間隔はばらばらで、7分のときもあれば15分ぐらいのときもある。痛みも強かったり弱かったり。 こりゃまた前駆陣痛だな、と思いつつ、またお風呂に。 すると今回は、痛みが去る様子もなく、逆に痛みが増してくるじゃーありませんか。 そう、いよいよお産のはじまりなのです。 とりあえずベッドに戻って痛みの間隔をチェックすると、10分間隔でほぼ定期的。 アントを起こして状況を説明すると、アントが病院へ行く準備をはじめました。 が、そこでちょっと躊躇した私。というのも、病院からは陣痛が5分間隔になるまで病院へ来るなと言われていたからなのです。 でもでも、日本では10分間隔になったら病院へ行くとかいうし、痛みが結構強くなってきてる。 しばらく我慢してみたけど、不安もあり、結局病院へ行くことにしました。 となりの部屋の両親に病院に行くことを告げ、アントの運転で病院へ。 幸いこの日は祝日だったので朝のラッシュの交通渋滞もまったくなく、15分ほどで病院へ到着しました。 救急窓口から入ると、患者はほかに誰もいなくて静か。当直のスタッフに事情を説明すると、とりあえずmonitoraggioをしようということに。 2階にある陣痛室に移動し、胎児の心拍と子宮の収縮の様子をチェック。 同じ部屋にはもう一人の産婦さんがいて、かなりしんどそう。痛みの波が来るたびにうめき声をあげている。 ときどき見に来るスタッフに「もうだめ」を連発して助けを求めるものの「まだこのまま待って」と置き去りにされる。 彼女に比べたら私の痛みなんてまだまだだなぁ、と思ってしまいました。 30分ほどしてテストは終了。グラフに書かれたものを持参して医師のところへ行き、内診。 すると、まだ陣痛が弱く子宮口もまったく開いていないらしいのです。 たぶんお産のはじまりなのだと思われるけれど、この状態からはまだ時間がかかるため、いったん家へ帰ったらどうか、と。 先生はべつに「家に帰れ」と命令したわけではなく、あくまでも提案という感じでした。 家でお風呂に入ったり食事をしたりして、リラックスして、痛みが本格的になってからまた来ても十分だということ。 アントもそれに賛成し、家へ帰ることになりました。 家につくと両親がびっくりして私たちを迎えました。 とりあえずシャワーを浴び、何か食べたほうがいいとアントにトーストをすすめられたのですが、食欲なし。 まだ陣痛が弱いと言われたものの、痛みはどんどん強くなる。 7時ごろ、痛みの間隔が5分になったのを確認し、へとへとになって再び病院へ。 救急窓口で迎えてくれた医師は、夜中に会った男性の医師ではなく、女医さんでした。 とりあえず内診。ところが、また子宮口がまだ閉じているという! でもでも、またmonitoraggioをすることになり、全回のように2階の陣痛室へ。 今回は小さな部屋で一人。アントは下の階で待機。 痛みの波が来ると思わず声をあげてしまうほど痛い。 すると、夜中に診てもらった医師が通りかかり「あぁ、また来たね。どう?」と声をかけてきました。 グラフを見て「前よりついてるね。今度は家に帰らないですむといいね」「がんばって」と励ましてくれました。 テスト結果を持って女医さんのところへ戻ると、グラフを見て「陣痛、結構ついてるわね」と。 ところが内診してみると、またまたまたまた、子宮口がまったく開いていない、という! でも私があまりにも痛がり、ここに来るのが2度目だということもあり、着替えをして入院ということになりました。 あーやっと病院だぁ、と、思わずホッとしてしまいました。 また帰れなんて言われたら失神してたかもしれません。 着替えをする間も痛みがおそってくると身動きできず、病院内を移動する間も何度も立ち止まってアントにもたれかかる私。 案内された陣痛室にはベッドがふたつ。でも私だけでした。 お腹にmonitoraggioのセンサーを貼って、子宮口が開くまでとにかく待つということになりました。 私の担当になった助産婦さんは若い女性でした。 「私は○○っていうの、あなたは?」と自己紹介されたのですが、私は痛みをこらえるのに必死で、名前を答えるのが精一杯。 一方アントは余裕たっぷりで、この助産婦さんとおしゃべりしまくり。 「どこの出身?」「へー、シチリアなの」「南イタリアってさぁ〜」なんて、話がはずんでるし。 陣痛室はとにかく「その時」がくるまでひたすら待つ部屋。どれぐらいの間隔かわからないけど、定期的に助産婦さんが来てグラフをチェックします。 たまに「トイレ行きましょうか」と、私をささえてトイレまで連れていってくれました。トイレの個室に他人と入るなんて、お産のときぐらいだわ。 どれぐらい時間がたったか、助産婦さんにつれられて診察室へ移動し、1回目の内診をしました。子宮口はまだ3cmしか開いていないらしい。「まっ、まだ3cm!!」 「3cmじゃあ、まだまだ先は長いわね」というわけで、また陣痛室へ。 うすぐらい陣痛室でアントと二人だけ。外の世界とまったく遮断された世界。遠くから他の妊婦さんがうなり声をあげているのが聞こえる。すごい声だ。 私もつらいけど、あそこまで大声出せたら楽になるかしら、なんて思う余裕がまだこのときはありました。 痛みが来るたびにアントの手を握って痛みをこらえるのですが、あまりにも強く指を握ったためアントも一緒になって「あいやー!」と叫んでました(笑)。 それにしても、アントってば私が「痛い、助けて」ってすがってるにもかかわらず、同僚や家族からかかってくる電話に答えたり、SMSメッセージを打ってたりする。 そのうち、午後になったのか、知人が差し入れを持ってきてくれたらしく、アントが枕元でパニーノを食べ始めた。 そのニオイにむかつき、なんだか腹が立ってしまいました。こっちはのたうちまわるほど痛がってるのに! (あっ、でもお産は長いんだから、途中で食事をするほうが普通か。私はとてもじゃないけど何も食べられなかったっす) つらかったのは、monitoraggioのセンサーの位置の関係で、ずっと横向きで寝ているように言われたこと。できればもっと楽な体勢を探してみたかった。 たぶんもっともっと強く主張すれば他の姿勢にさせてもらえたのかもしれないけど、横向きってのは私にはちょっと居心地よくありませんでした。 何時ごろだったか、2度目の内診。ずいぶん時間がたっているような気がしていたので、そろそろかなぁなんて思っていた私ですが、甘かった。 子宮口はまだ7cm。ちなみに内診は産科の医師だけでなく、インターンらしい人たちもしました。で、「あなたは内診した?どう判断する?」 「5cmかしら」「内診するときはこうこうしかじか、だから実際には7cmで・・・」なんて実習になるわけです。 内診されてる私としては「わかったから、早くなんとかしてくれー!」と叫びたいところ。 先生が「子宮口の開きを促すためにも、水中試してみる?」と提案。私はヘトヘトになりながら「なんでもいいから早く産めるようにしてください」とひとこと。 そして「あの・・・無痛分娩の麻酔ってまだですか?」と聞くと、一瞬の間があり、みんなが口をそろえて「まだよ、まだまだ」と。 「無痛分娩の麻酔って、陣痛からしてもらえるわけじゃないのか。でも、もうちょっとがんばれば麻酔してもらえるかな」なんて自分に言い聞かせて励まして、また陣痛室へ。 水中分娩は、その後の様子を少しみてからということになりました。 この分娩室と陣痛室の移動が、たいした距離じゃないのに面倒で苦痛でした。ベッドからおりて、歩いて移動して、診察台(兼・分娩台)にあがって・・・その間に何度陣痛に襲われて固まったことか。 ここまでくると、もう赤ちゃんが頭で押してくるのがわかるんです。きちゃない例ですが、超特大のうん○がおりてくるような感じで、ついそれを我慢して力が入ってしまうんです。 すると助産婦さんたちが「まだ力まない!」って。アントも「呼吸をコントロールするんだよ。ほら、鼻で吸って口から吐く」と助けてくれるのですが、 そんな簡単なことが難しい。呼吸が乱れる。あと何時間かかるんだろう。疲れて意識がもうろうとするものの、すぐにおそってくる陣痛で我にかえる。 母親学級でしきりに「呼吸をととのえる」練習をしたのは、このためだったんだ。 しばらくすると、私の担当の助産婦さんが来ました。monitoraggioをチェックしたあと、「私の当直は夜9時までなの。できれば私がいるうちに生まれてくれると嬉しいなぁ」と。 「そうね。私も一刻も早く分娩台で力みたいわ」と答えると、笑ってました。 が、そんな願いもはかなく、結局夜9時すぎに彼女が引き継ぎの助産婦さんと一緒にあいさつに来ました。 交代する夜勤の彼女も、なんとシチリア出身でした。アントはそんなところで喜んで、またもやおしゃべり炸裂。信じられないオットだわ。 ここまでくるともう陣痛もほぼ連続状態で、息抜きできるのも一瞬だけ。もう汗だくでよれよれ。あぁ、早く麻酔・・・。 そして22時ごろ、再度診察室へ移動し内診。歩くのもいっぱいいっぱいの私はもう限界間近で、もう陣痛室へ戻らなくてもすむように心底祈ってました。 となりの診察室から叫び声が聞こえる。「あぁ神様!」「もうだめ!」「神様ー!」と、すごい声。 内診の結果、子宮口が何センチ開いているかはっきりと聞き取れませんでしたが、水中分娩のための浴槽が準備できたので、ととなりの部屋へ移されました。 私は「っていうか、無痛の麻酔は???」と思ったのですが、水中分娩は痛みが遠のくという話もきいていたので、少しこれに期待。 ところが、この水中ってのが、ぬるいったらもう。いつも熱いお風呂に入っている私には、リラックスして痛みが遠のくどころか、中途半端にぬるいので、逆効果。 陣痛が来たときも「もっと力をぬいて足を開くのよ」って言われても、できない。なんでこんなことができないんだーわたしっっっ! 結局水中は私には効果なしと判断され、浴槽からあがってまた分娩室へもどりました。 そこではじめて「やっと分娩の時がきた」と気づいた私。そして、無痛の麻酔はしてもらえないということにも気づきました。 そしてさらに、となりの分娩室のあの激しい叫び声がぱったりとおさまったことにも気づきました。 どうやら、無痛分娩のための麻酔をうったようです。 ここで「力める」と思ったとたん、いっきに気が楽になりました。というのも、陣痛の間、力まないようにするのがとにかく辛かったんですわ。 まず最初に、二本足で立った状態で産むという体勢をすすめられました。陣痛の波にあわせてしゃがんで、和式トイレの状態で産むというもの。 その前に点滴を準備するために少し待たされたのですが、その間に別の医師が入ってきました。 どうやら隣の分娩が終わったらしく、笑いながら「産まれたよ。よかったよ、彼女のためにも、私たちのためにも」と。 さすがにあの叫び声をずーっと聞いていて、先生も疲れたみたいでした。 私のほうはというと、自分では力んでいるつもりなのに、思うようにおりてこない。先生も「だめよ、もっと力入れて」と。 結局、一番一般的なあの分娩台の体勢で産むことになりました。 陣痛にあわせてめいっぱい力んでいるのに、だめ。おりてくる感じがまったくない。疲れきってしまっているから?! すると助産婦さんの一人が「次の陣痛で私がお腹を押してあげるから、がんばるのよ」と。あぁ、それは助かる、 なんて思っていたら、「お腹を押してあげる」なんて生易しいものじゃなく、おもいっきり上から乗っかられました。 おかげで赤ちゃんが一気におりたわけですが、そのときの痛みったら半端じゃありません。 私の一生のうちで一番すごい悲鳴をあげた瞬間だと思います。「ギャー!!!」って言ってましたから。 この助産婦さんの一撃がかなり効果があったらしく、そのあとがんばって3度ほど力むと、助産婦さんが 「つぎに力んだとき、私が合図したら力むのをやめて、呼吸を浅くしてね」と。 雑誌などで読んだ、これが発露の瞬間なのだ。次の陣痛の波にあわせてめいっぱい力むと、まわりの助産婦さんたちが私の足下にあつまり、緊張の瞬間。 このとき思い出しました、母親学級で講師の医師が言っていたことを。 「赤ちゃんがお腹から出て、鼻などにつまった異物をとりのぞき、赤ちゃんが産声を上げるまでの緊張の、沈黙の一瞬がある」 と、ところがこの赤ちゃん、頭が出たとたんに、ウギャーと泣き始めたじゃありませんか。 まだ体が全部出てないっての。気が早いやっちゃなぁー。でも、この声を聞いたときの衝撃的な感動ったら! 「また力んだほうがいいんですか?」ときくと「必要ないと思うけど、少し力入れてみましょう」。 すると、ずるっと流れ出る感触とともに、まわりから何ともいえない和やかな空気が漂ってきました。 産まれました。22時43分。頭が出たとたん泣き出すほど元気な男の子。 あぁ、やっと終わった・・・。 助産婦さんが、産まれたばかりの赤ちゃんをお腹の上にのせてくれました。 あったかい。ペトッと私にはりついて、一生懸命泣いている。カエルみたい(笑) アントは出てきた胎盤が7キロもあったことに驚いて、「うわー、すげー、気持ち悪いー」と言いたい放題。とっても失礼です。 赤ちゃんは体を拭いてもらい体重や身長を測ったあと、おくるみに包まれてアントの腕の中へ。 会陰縫合をしてもらいお産は終了、陣痛室へもどって2時間待機することになりました。 陣痛室のベッドで体を休めているあいだ、赤ちゃんはずっと私のおっぱいにはりついてました。 まだ何にも出ないけど、これも授乳のトレーニングのひとつです。 ちっちゃくて、動きがぎこちなくて、サルみたい。この生き物を私がお腹の中で創造したのかと思うと、人間の体って神秘だなぁと思ってしまいました。 点滴もおわり、時間もだいぶたったので病室へ移動することになりました。 アントに「あの大声のママさんと同室だったりしてねー」なんて冗談を言う余裕もでて、疲れもだいぶとれていたのですが、 とりあえず大事をとって車椅子で移動することになりました。 病室は一番奥。すでに夜中遅い時間だったので静かにこっそり部屋に入ると、同室の女性もお産が終わったばかりだったらしく、婚約者と身の回りのものを片付けていました。 そう、まさかとは思ったけど、あの大声の主と同室でした・・・。ひきつり笑いをしながら「こんにちわ」と挨拶をして私もベッドに移動しました。 病室は2人部屋で、間にはカーテンの仕切りがあるのでプライベートはある程度守られていました。 アントは身の回りを整理してくれたあと「がんばったね、おめでとう」と言って家へ帰っていきました。 私も辛かったけど、アントもまる1日、私の陣痛につきあって一生懸命励ましてくれて、さぞ疲れたことでしょう。 お産って、大変なことですね。 結局、すべて自然分娩になって辛かったけど、産まれたとたんにそんなこと忘れ去っちゃうぐらい、安心したし嬉しかった。 産科の医師や助産婦さんの話によると、私のお産はいわゆるマニュアル通りだったらしいです。だからあえて麻酔をする必要はなかったそうです。 まぁ、あとになってそう言われれば、結果オーライだけど。陣痛の間はとにかく「麻酔」「麻酔」ってとりつかれたように言ってました、私(笑) お産を助けてくれたMelloniの医師、助産婦さんたちはみんなしっかりしていて、優しくて、キビシくて、頼りがいがあって、ほがらかで、本当によかったと思います。 一緒になってがんばってくれているような感じで、とっても励まされました。いいお産ができたと思います。 お世話になった助産婦のVとM、ありがとう。 ずっとついててくれたアント、ありがとう。 無事に産まれてきてくれたレオン、ありがとう。
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