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  イタリアの結婚式-準備編

イタリアで結婚式をあげてから1年...。
今思うと楽しかったなぁ〜。でも、結構いろいろ大変だったなぁ〜。
日本で挙式や披露宴の準備をする場合も、それなりに時間と資金がかかりますが、
イタリアもそう。とくに物理的に準備しなければならないものに関しては時間がかかります。
まず、事前に手配が必要なもの:

・挙式の予約
・パーティーをするレストランの予約
・招待客のリストと招待状
・新郎新婦の衣装一式
・花
・bomboniere(招待客に配る小さなプレゼント)
・新婦のヘアメイク
・カメラマン
・移動用の車

と、ざっと見て日本のそれとほとんど同じみたいです。


挙式の場所について。イタリアで正式に婚姻が成立するのは、教会または新郎か新婦の属する市町村の Comune(市役所)にある広間と決められています。私たちの場合は、 アントがアンチ・カトリックで私も無宗教だということから、必然的にComuneと決まりました。 市役所で結婚式?!と思う方もいらっしゃると思いますが、イタリアでは普通です。 ちなみにアントはミラノの市民なのでミラノで挙式もできたのですが、いろいろ考えた末、 アントの実家のあるPescaraという街で行うことになりました。

かなりでかいレストラン New Gilda レストランは、アントのご両親がいろいろ見てまわって決めてくれました。 ここはかなり規模が大きく、いわゆる結婚パーティー用のレストランでした。建物は地上3階と地下をあわせて4フロア。 広々した緑豊かな庭もあります。
予約の際、料理の内容や会場内の装飾も具体的に注文しました。料理は基本的にはアントのご両親まかせ。 このレストランでは3月に、挙式予定カップルを招待した食事会(試食会)が開かれたので参加しました。 夜8時すぎから地下の会場が開かれ、テーブルコーディネートやケーキの装飾、席札などのサンプルが置かれ、 食前酒をいただきながらいろいろ見てまわりました。 驚いてしまったのが、ケーキの装飾。飾りの台が何種類も並んでいたのですが、どれも派手すぎ...。 スフィンクスが添えてあったり、ピサの斜塔が添えてあったり、パルテノン宮殿が添えてあったり。 アントも私も「趣味悪〜い」と言って、装飾は何もなし、シンプルが一番だよねと決めました。
夜9時になり、100組はいるだろう招待客が1階へ移動し、テーブルにつき、食事がはじまりました。 ときどきMCの面白いおにーさんやバンドの演奏などもあり、興味を持った人たちはそれもあわせて手配していました。 食事は延々とつづき、デザートが出たときはすでに夜中1時ちかくになっていました。 私たちは疲れていたので、コーヒーをいただかずに会場を後にしました。 こんなハードな食事会だとは思わなかった...。

招待客は、場所がPescaraだということもあって、ほとんどがアントの地元の親戚。 アントの友達はみんなミラノだし、私は親戚も友達も東京だし...。ところが、アントの親友夫婦がミラノから、 そして私の両親と友達4名が日本から、さらに二人の共通の知人がロンドンからもやってくることに。 なんて国際色豊かな結婚式なんでしょう!
招待状は、カメラマンの所属するスタジオで作ってもらいました。 挙式の招待状と、披露パーティーの招待状の2種類を、招待客によってどちらか1枚または両方を封入し、 式の2ヶ月前に送付。1ヶ月前までに出欠席の連絡を実家まで電話でもらうようになっていました。
日本のように、返信ハガキを用意したりはしないようです。

オーダーメイド100%のドレス新郎新婦の衣装については、これはもう自慢しちゃいます。アントの親友のアメリカ人女性(ミラノ在住) ドレスメーカーのTheresaが、私とは知り合ってまだ間もないというのにドレスづくりを申し出てくれたのです。 彼女は長いキャリアがあって、いろいろなアドバイスをくれながら私のドレスを作ってくれました。
最初は雑誌から気に入ったデザインのドレスの写真を選び、Theresaの意見と私の希望をくみとりながらデザインを決め、 採寸、仮縫い、調整、装飾、小物と、何から何までやってもらっちゃいました。 できあがったドレスは、正直にいうと私が最初に求めていたものとはまったく違うものになりましたが、 私の体型や雰囲気などをすべて考えて作られた、私だけのドレスになりました。 彼女が生地の質やパーツのディテールにまでこだわって作ったドレスは、 Suoceraをはじめ多くの女性から褒められまくりでした。
アントの衣装は、Nino Danieliというブランドのチャコールグレーのスーツ。 Theresaと3人でブティックへ行き、あれこれ見た結果これにしました。 正装の苦手なアントは、試着している間も落ち着きがなくておかしかった(笑)
Nino Danieliは、Armaniなどと比べてモード感が控えめなものが多く、でもカッコイイ!! すぐに気に入ったものが見つかったので、Theresaに持ち帰ってもらい、身幅や腰回りのサイズ調整、 パンツの裾あげをお願いすることにしました。もう、Theresa大活躍!
ネクタイは鮮やかな空色のシンプルなもので、できあがった新郎アントはまるで別人のようでした。

お花はブーケ・ブートニアだけでなく、挙式会場のComune、新婦の移動用の車、新郎新婦の部屋にも飾ります。 レストランの装花は基本的にはレストラン側で用意され、それ意外はすべてフローリストに注文しました。
大満足だった日本のパーティーでのブーケ ブーケの希望は何枚か参考になる写真を見せました。私がこだわっていた「アイビーを絶対に入れてください」 というポイントもおさえて、なかなかキレイなブーケを作ってもらえました。
(でもやっぱり、日本での披露パーティーのときのほうがダントツでキレイでした... 右の写真がその日本バージョン。ごひいきのフローリスト「Mister Brown」さんに個人的に頼みました)

bomboniereときいてピンとくる人はあまりいないかと思いますが、披露パーティーの招待客へのプレゼントです。 というと引出物?と思いがちですが、コストがまったくちがいます。基本的にはbomboniere(bombonieraの複数)とは 「confettiという砂糖菓子(アーモンドに砂糖のコーティングがしてあるもの)のための入れ物」なので、 そんなに気張ったものを用意することはありません。だいたい10〜20エウロということが多いと思います。
私たちが何を選んだかというと、ちっちゃなガラス細工のキャンドル立て。でも、これを選ぶのも苦労しました。 なぜかって、10〜20エウロでいったいどんなしゃれたものが買えます?! 連れていかれたbomboniereの専門店で、店内を何度もぐるぐるぐるぐる見てまわってみても、所詮どれもgadgetなのだ。
なかばあきらめ半分で決めたけど、結果的にはまぁよかったんじゃないかと思います。 最近ではこのbomboniereの習慣も無意味だといって、何も用意しないカップルもいるみたいです。

ヘアメイクは、この結婚式で唯一後悔として記憶に残ることになりました...。 挙式数日前にリハーサルでサロンに行くまで、私は信じきっていたのです 「イタリアなんだから、センスいいはず」と。これが間違いでした。
ミラノなどの大都市と違って、Pescaraの人たちは東洋人のメイクというものに慣れていない。 しかも、アジア人の顔の特徴をデフォルメするようなメイクをしたがる。 具体的に何がいやかって、まず目元の強調のしかたが違う。目尻をつりあげて典型的なアジア顔にされる。 これじゃ中国雑技団だ。そうじゃないでしょ〜! さらにベースの色も、私の顔の色に合うものがないらしく、どうしても濃くなってしまう。
ところがスタッフたちは「外に出て写真とるんだから、これぐらいがちょうどいいのよ!」と強気。 しかも私がイタリア語がろくに話せなかったので、意志の疎通がどうしても不十分。最悪だ〜!
そこで思うでしょう、なんでアントに通訳してもらわなかったの?って。
それが、イタリアでは式の本番まで、花嫁姿は新郎には見せちゃいけないんだって...。 ホントかどうか知らないけど、少なくともアントの家族はこれをかたくなに守れと言う。 だからドレスも見せられないし、ヘアメイクも見せることができない。 つまり、新婦の準備についてはアントに助けてもらうことができないのです。って、無茶言うなぁ。 どうにか自力で自分の意志をはっきり伝えなければならないので、とにかく「濃すぎる」と一言。 「目元が強すぎる」「もっと自然に」と、当時の私としてはできる限りの注文をつけた。
髪型については「タイトにしすぎないで」「やわらかい雰囲気に」と言ってセットしてもらったら、 なんだかちょっとマダムっぽくできあがってしまった。 うーん...いまいちだけど、まぁいいや。もう、疲れたわ。
というわけで、ヘアメイクについては全くもって不満の残る結婚式でした。
日本の披露パーティーのヘアメイクさんは、比較できないほどBrava!でしたが...。

PescaraのComuneは駅の近く、街の中心にありますが、レストランはちょっと離れていました。 正確にいうとChietiというとなりの街なので、式のあとみんな車で移動しなければなりません。
ジャガーに乗って披露宴会場に到着 さらに、新婦である私が滞在していたところからComuneまでの移動も車と運転手が必要。 そこで、アントの従弟がその役を引き受けてくれることになりました。
ホントは、ミラノでお世話になっているMarioおじさんが自慢のAlfa romeoに乗せてくれる予定だったのですが、 都合により、乗るのはジャガーということになりました。 おぉ、花の飾られたジャガーに運転手つきで乗るなんて、これが最初で最後だろうなぁ。
(↑車の前の鉢植えが邪魔〜?!)

他にもSuoceraが、ライスシャワーのためのお米を洗ってくれたり、花びらを用意してくれたり、 新居のための奇麗なレースのベッドカバー一式を作ってくれたり、とても頼りになりました。
ミラノからのゲストのために、アントの家族で所有しているアパートをキレイにして宿泊用にしたり、 アントの家族はほんとに大変だったと思います。 さらに、日本から来る私の両親と友達4人のための宿泊は、アントの学生時代からの友達Alessandroが 彼の家をまるごとあけて貸してくれるという、すばらしいホスピタリティ。さすが南イタリア。
ちなみにこのAlessandroの娘のFrancescaがdamigella(リングガール)をしてくれることになりました。

というように、準備に悪戦苦闘したイタリアの結婚式、どうなることやら。続きは当日編で。


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